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私の彫刻は「時間的特定性(Temporal Specificity)」とでも呼ぶべき領域にある。ジャッドやアンドレが追求した幾何学的厳密性を継承しながら、彼らが扱わなかった時間性と物質の振る舞いを、設計の内部に組み込む。
鋭利なエッジは工業的完成の精密性を保持し、形態は反復可能な幾何学として存在する。しかし表面は二つの時制を示す——鏡面に研磨された銅は空間と瞬間を反射し、緑青に覆われた銅は化学反応による不可逆的な変化を記録する。同一の形態が、異なる時間的状態を同時に生きる。これはジャッドの「specific objects」の進化である。形態の自律性を保ちながら、物質そのものに時間を語らせる。ウォーホルのファクトリーが示した「システムとしての制作」を三次元に展開し、さらに化学的プロセスという予測不可能性を加えた、ポスト工業時代の彫刻言語だ。
すべての作品は第三者の工業業者への発注によって実現される。これは図面と仕様書という非人格的システムを方法論とし、「作家の手」から解放された制作の可能性を探るためだ。表層が変化しても形態の幾何学は維持される——工業的強度と有機的変化は、調和ではなく緊張関係において共存する。
緑青は腐食ではなく、物質が経験した時間の肖像である。完璧な鏡面が「いま」を映すなら、緑青は「これまで」を記憶する——この二つの時制が一つの形態に共存するとき、彫刻は単なるオブジェクトを超え、時間そのものの容器になる。
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